entry15/そういうわけで移りました・・

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CrowClaw氏のエントリ

以下、個別の話題(上記エントリーで僕がした「質問」への回答へのお返事など)になります。

体裁は

(僕の意見)

crowclaw氏の意見

です

>「目からうろこが落ちるように脱サヨク」した人には具体的にどんな人がいるのか

学生運動崩れ、サヨ崩れの連中なんてくさるほどいまんがな。

たとえば漫画家の江川達也は、BE FREEのころは右派的な権力層(コシヒカリ)に抵抗するヒーローという、いかにもオコチャマサヨクにうけるような作風でしたが、現在は賢くなっているようです。昔のボクも恥ずかしながらこの漫画に夢中になったことがあり、主人公のササニシキにかなりシンパシー感じていたんですが、今読んでみると”何じゃコリャ?”ってなかんじですね。若いころにサヨ風な若者受けする作風だった大家なんて数え切れないんじゃないでしょうか。

李登輝、エイロクスケ、ガンダムの安彦なんかも、確か20台はサヨだったんじゃなかったでしたっけ・・、どう見ても彼らは今はサヨじゃないでしょう。(ロクスケはサヨか?)、西部ススムやナベツネもそうですが、ボケて先祖帰りおこしてますね。

実業界では、あくまでボクの実感ですが、新聞や雑誌などでの、実業界の立役者へのインタビューで、”大学時代、マルクス学生運動に興味があった”なんていっている人は腐るほどいるんじゃないでしょうか。具体名を出せといわれても、多すぎて、ちょっとねぇ

江川達也氏についてはあまり詳しくないので何とも言えないのですが、李登輝氏に関してはそもそも台湾(中華民国)の政治家で日本人ですらないですし、永六輔氏は徹底した反権力・反極右主義で有名ですし、安彦良和氏はジャパニメーションを”お粗末”と言っておられる方なわけですが、彼らを「左翼から転向した右派」と呼ぶのは相当無理があるのではないでしょうか。といいますか、元々僕が言及した部分では

> 若者がいったん社会で汗にまみれたらサヨクを脱してしまうのでは?(中略)・・と気が進まずに会社づとめして商売の仕組みを理解したとたん、目からうろこが落ちるように脱サヨクしていきましたよね、しかも賢い人ほど・・
僕の勉強不足なのか、寡聞にしてそういう例を知らなかったので、具体的にどなたが「目からうろこが落ちるように脱サヨク」していったのか、例を示していただけないでしょうか?

…とありますように、元々実業方面で活躍される「転向右派」にはどんな方がいるのか、という質問だったわけなんですけれども、「実業界の立役者」の具体例は一人も示せないと言うのはどういうことなのでしょうか。「多すぎる」のならば適当に2,3人その中からお選びになられて回答とすればよいのでは?

おもうんですが、実業世界でノンポリやってからサヨに進んで功績をのこした人よりも、サヨをやめてから実業世界に進んで功績を残した人のほうが、圧倒的に多いっていう事実を、サヨクのひとたちはどう説明するんでしょう?

そもそも「その意見には根拠が無いのでは?」と思ったがゆえに提出されたのが上の質問だったんですけど。

これって、所詮マルクス主義なんて、まだ社会にでてないガキにしか通用しない幼稚な戯言ってことですよね?フェミニズム学説が、まだコドモを生んだことも扱ったこともない、二流短大生相手にしか通用しないように・・・

マルクス主義はともかく(と言っていいのやら分かりませんが)国際的に発展してきた歴史のある(今現在も盛んに論じられている)フェミニズムを「二流短大生相手にしか通用しない」と言ってしまうのは殆ど誹謗中傷ではないかと思うんですが。学問としてのフェミニズムに批判が多いのは事実なんでしょうが、だからといって「二流短大生相手にしか通用しない」と断言できる理由がどこにあるのでしょうか。根拠の無いレトリックでしたら撤回された方がいいと思います。

聞きますが、株取引や流通やマーケティングとか品質管理とかのビジネスの粋を極めた人たちから、マルクスサヨクを賛辞することばがまったく聞こえないのはどうしてですか?

資本主義制度下の実業家がマルクス主義者なわけないでしょう。

まあ、仮にマルクスだのサヨクだのの説が正しいとしましょう。じゃあ、どうして、そんな正しい理論を認める賢い人たちが、飛行機ハイジャックしたり極貧の国に亡命しようとしたり、どうみてもバカとしか思えないような行動ばっかりしてるんです?不思議なことですね、どうしてでしょう。教えてください。

資本主義はファシズムを作ったという歴史をご存知でないわけは無いですよね?結局、人間の愚かさなんてイデオロギー云々では規定されないと言うだけの話だと思いますが。

>> ・現在言われる「若者の右傾化」が事実とすると、

事実じゃないと思います。昔より右になったというのは正しいでしょう。左にふれてたのが真中に近づいたのであって右にはいってません。今の日本の若者は世界レベルでは相当リベラルで、右翼とはとてもいえません。というわけで、

>「左翼思想にかぶれるのは(分別の無いバカな)若者だけ」という考えは右翼思想にも適用可能ではないか


というのは適用できません。ハンドルが狂っているので自然と左に曲がってしまう車を運転するには、常にハンドルを右のほうに力をこめて運転する必要があり、また、左のほうに曲がらないよう修理する必要もあります。これと同じことです。

なぜ「今の日本の若者は世界レベルでは相当リベラルで、右翼とはとてもいえません」と言えるかの根拠を示してもらえませんでしょうか。
ところで、「サイレントマジョリティを考慮して…」というフレーズで話題になった毎日新聞の記事では、「中国・韓国と仲良くしなくていい」と答えた若者が圧倒的多数だったらしいんですが、そう答えた若者も「リベラルな左翼」なんでしょうかね?

>40を過ぎてwillや小林よしのりを信じている人間は、どちらかというと無知・無教養に類される人々なのではないか

http://www.mars.dti.ne.jp/~saitota/hitori.htm#TOP
このひとなんかは典型的な保守で、いっていることはまるきり小林やwillと同じで、彼らを”信じている”といってもいいでしょう。ですが、長年生産現場で品質維持にかかわってきた人のようで、考えも細かくとても”無知無教養”とは思えません。ネットをめぐれば似たような人はたくさんいるおもいます。ただ、あまりにもありふれすぎていてお気に入りいれてないです。

これはちょっと設問が乱暴すぎたと思います。そのサイトで「小林よしのり」で検索すると数多くの言及が出てくることも確認いたしました。いくら小林やWillが過去にアレな行為をしてきたからと言って、それらの人々を信望してしまう人までも「無知」と決め付けるのは暴力的な態度だったと思います。返答ありがとうございました。

>反体制的な作品を作るミュージシャンを「(パフォーマンスの上手な)ピエロ」といって憚らないもんさんが、何故ロックやパンクを愛聴されているのかよくわかりませんが・・・・・

ピエロの輪投げの技を私が好きだったとして、そのピエロの”化粧をおとした中の人”がプライベートで、コミュニティーや街の中などで、到底支持できぬような思想をまくしたてていたとしても、私は彼の輪投げの技術をきらいになりません。

思想もルックスと同じで、作家の外見や性格を嫌っていても作品が好きなことと同じです。ただし、思想家、学者、評論家など、持つ学説や思想が仕事にリンクいている人は責任をもたねばならないと思っています。

レノンのユートピア思想やマッカートニーの自然礼賛思想は極端すぎてボクは嫌いですが、彼らの作った音楽はすきです。こんな人は世間にたくさんいるでしょう。こだわってるのはcrowさんくらいのものだと思いますよ。

ピエロの「輪投げ」の芸と「思想」には何の関係もありませんが、ミュージシャンの「音楽」と「思想」には(特に反体制を打ち出すミュージシャンのそれには)密接なかかわりがありますよね?ジョン・レノンの名盤「イマジン」はまさに仰るようなレノンの「ユートピア思想」が前面に打ち出された作品だったわけですが、その思想が「極端すぎて嫌い」だと言われるのであれば、即ちレノンの「イマジン」も嫌いなのが自然だ、ということになりませんか?「こんな人は世間にたくさんいるでしょう」とのことですが、例えば歌詞の中身は(外国語だし)知らんが「イマジン」のメロはいいね、というような人はたくさんいらっしゃるでしょうけども、そういう人は普通「ジョン・レノンのファン」とは言われないのでは?

レノンだって、いつまでもビートルズ時代のことをやかましく言ってくるインタビュアーに辟易して、”僕らはハイスクールにいつ戻るっていうんだい?”と返しましたから、彼だっておのれが印税芸人だということを自覚してたんでしょう。

自身の思想を曲に込め、政治的な活動も辞さなかったレノンが、「パフォーマーの印税芸人」だなんて言われたら激怒するような気がするんですが、少なくとももんもさんはレノンをそういう人間だと思ってると言うことですよね?普通、そういう態度の人は「ジョン・レノンのファン」を(自他共に)名乗らないと思うんですけど。

年がいき、彼らの解釈や思想に興味を失い、日常の生活に埋没することは、レノンやマッカートニーを裏切ったことではなく、かれらをよろこばす行為です。

ある歌が人の心を全く捉えることができなくなる(=興味を失われる)ようになったら、それは明らかに芸術の敗北だと思いますが、どうしてそれが「かれらをよろこばす行為」になるんでしょうか。

庵野秀明だって、”ファンたちが、自分の作品にいつまでもしがみついたままオトナになって、社会への義務をはたさなくなってしまったら困る””エヴァを卒業してもらいたいためにあんな映画をつくった”。っていってましたよね?(っていうか架空作品をネタにするのは邪道っていっておきながらまた引用しちまったなぁ・・でも、判りやすいのでそうします)

劇場版エヴァは始めから「エヴァにどっぷり使って現実逃避するオタク」を批判する目的で作られたんだから、そりゃそうでしょう。

コドモなんて思考力や解析力がたりないから、オトナだったら考えりゃ三秒で結論出ちゃうような代物でも、すぐさま結論出せないから、(中略)だからこうったことはなにごとにも優先して、(もちろん、レノンだラカンだということよりも)習得しなければなりません。

そもそも、思想や芸術はそういった「現実を生きるための糧」となるために作られたものだと思うんですが。そうではなく、上のエヴァのように「単なる現実逃避のツール」として芸術や思想が用いられるなら、それは批判されて当然だと思いますが、そうなっていない芸術や思想もたくさんあるでしょう。僕は昔、楳図かずおの「漂流教室」を読んで大変感動し、「人間として平和な社会に生まれたのだから、明日を精一杯生きなければ」と(柄にも無く)前向きなことを思う切欠にもなりましたが、「漂流教室」も「若者が長考中毒になる毒薬」の一種だったのでしょうか。

>willの編集長が以前、「マルコポーロ」という雑誌の編集長をやっておられたとき、どんな事件を起こしたかご存知ですか?

知ってますよ。

ボクがごちゃごちゃ言うとこじれるので今は触れませんが、一言言うと、ああいった意見がでるのは、日本がダメなのではなく、日本にいろいろな意見がゆるされ、結果、いろいろな意見があるからです。ですから、これを認めたからといって私をナチや右翼だと決め付ける理由にはなりません。

いや、そりゃあ「ああいった意見が出る」のは(日本にホロコースト否定論者が存在する以上)防ぎようも無いでしょうが、だからといってその(否定論者の)意見を認めてもいいと言う理由にはならんでしょう。その意見を肯定してしまったら、その時点で他人から「ナチや右翼だと決め付け」られる理由には十分なると思いますが。

マルコポーロによって日本を非難するのは、松村や伊集院が太っているからといって、日本人はデブだといって批判するようなものです。(中略)同様に、ああいった意見”も”出現するのは、日本が自由な言論をゆるされているからであって、逆にああいった意見がでない国だからといって、賞賛される国ということではありません。

仰っている意味がよくわからないのですが、まあいくらマルコポーロ紙がユダヤ人の方々含む多くの欧米人の神経を逆なでするようなことを書いたからと言って、日本自体が「ホロコースト否定論をおおっぴらに撒き散らすようなトンでもない国」だとか言われたら、それは単なる言いがかりでしょう。しかしながら、「言論の自由」が保証されている国において、600万と言われる被害者の出た事件を「無かった」と言い張る人物を批判する声が出ないのであれば、それは十分「日本」と言う国の社会自体が批判される理由にはなりえるのではないでしょうか。少なくとも何かしらの批判が(「言論の自由」の中から)出てこないと言う状況が続く限りは、「(ホロコースト否定論を)暗に肯定しているのではないか」と言う見解が外部に生まれるのも致し方ないでしょう。

たとえばネオナチはなぜかザンビアやシベリアやヒマラヤ地帯にはあまり存在せず、ドイツやアメリカや日本など、世界中の人が憧れる、暮らしよさそうな国に分布しています。ネオナチが少ないからといって、また、その国は入植や移民を歓迎するからといって、そこがすばらしい国ではありません。ネオナチのいる国は、無関心の人もネオナチの反対の立場の人たちもたくさんいます。いったん国籍を貰ったら、命がけで国境こえて逃げ出すひとなど一人もいません。どうしてですか?考えてみましょう。

いや、そりゃナチズムと言うものが(思想的に、ユダヤ人除く)白人至上主義を含有しているからではないでしょうか?日本にも確かにホロコースト否定論者はいるしナチシンパもいますが、ドイツやアメリカに比べて少数派にとどまっているのは、日本人が(人種的には)モンゴロイドであるという事情が少なからず絡んでいるのではないかと思いますが。
2007/02/22(木) 00:00:00| インターネット | トラックバック:0 | コメント:139

以降、僕(もんも=natamaru123)の返信です

>資本主義はファシズムを作ったという歴史をご存知でないわけは無いですよね?

はい、そのとおりです。資本主義はファシズムだけでなく、あらゆる悪徳をもたらします。ファシズムだけではありません。資本主義は企業による生産活動を容認しますので環境汚染をもたらします。資本主義は労働者が働くことを禁止しませんので、職場での事故死や過労死や肩こりの原因となります。また、失業も起こります。結局、この世の悪徳のほとんどは、資本主義がもたらしていますので、資本主義を批判することはまったくもって正しいことですね。、こんなシロモノは、この世から廃絶するのが正解ですね。

ってことは、こういうこともいえますね。
この世のほとんどの病気の原因は空気と水分と、自分という肉体がこの世にあることが原因となっています。ですから・・・・●空気は結核をもたらしますから空気を批判しましょう!●水は大腸菌をもたらしますから、全地球から水を根絶しましょう!●たらいの水がいらなくなったから、赤ん坊といっしょに川に流しましょう!というふうに・・

病気や犯罪など、この世のすべての悪は、自分の肉体があることによっておこります。肉体さえなければ病気も疲労も精神荒廃もおこりようがありません。ですから、自分の体を燃え盛る炎になげうって、アニメのキャラクターさながらの、”仏壇の上の写真”という、”観念的な存在”になれば、すべての問題は最終解決しますね。さあ、やってみませんか?


こんなことをいわれれば誰だって怒るでしょう。つまり、そういうことです。



これは冗談ですから、本気にうけとらないでください。
きつすぎる表現をして失礼しました。



2007/02/23(金) 00:23:53 | URL | もんも #mQop/nM. [ 編集]
えと
>資本主義制度下の実業家がマルクス主義者なわけないでしょう。

これが正しいなら、同様に、”社会主義体制下の為政者たちが資本主義者なわけないでしょう。”ってこともいえるわけですね。実業家に値するのは、生産計画を練る政府高官たちですね。

事実を紐解いて見ましょう・・あれあれ、社会主義支配下から、莫大な数の高官たちが西側に亡命してきてますね。しかも亡命先で右翼になってます。

彼らは社会主義者じゃないみたいですね。社会主義者だったら、自分のやっていることが誤りだなんて思いませんから、どんなに現状がつらかろうと自国で任務にまい進してるはずで、悪魔とさげすむ資本主義国に亡命するわけがありませんよね。なんでだろーー(高官位にならないと亡命できないから_?庶民だって亡命してましたが・・)

反論もあるでしょう。東側に通じていた西側の政府高官は腐るほどいました。ですが、かれらは政府の役人であって、生産活動に携わっている実業家じゃありません。ですが、東側の高官は生産計画にも携わっている人がかなりの割合含まれます。国が実業家と役人を兼ねているといえます。

生産計画に携わっていた人(政争とは無縁)は亡命していない。生産計画と関係ない統治分野の役人(政争にかかわる=政争は古今東西あるもので、西側も東側も関係ない)だけが亡命していたのならつじつまは合っています。が、そうじゃないようですね。

生産計画に携わっていた役人たちは、自分のやっていることは果たして正しいのだろうか?と常日頃から疑問に思っていた、そんなひとがかなり多かったってことですよね。だから亡命する人が多かった。

逆に、西側実業家は、己の行為を疑うことがほとんどなかった、だから、飛行機とびのって北朝鮮ソ連に亡命する企業家がまったくいなかった・・

どうして?

東側の高官のやっていたことよりも、西側の実業家のやっていたことのほうがはるかに正しかったからです。
2007/02/23(金) 00:49:39 | URL | もんも #mQop/nM. [ 編集]
言論の自由

>「言論の自由」が保証されている国において、600万と言われる被害者の出た事件を
「無かった」と言い張る人物を批判する声が出ないのであれば、

あなたは非難したんでしょ?少なくともあなたの仲間たちは非難したんでしょ?
じゃあ批判する声がでたじゃないですか?

                                                                                                                                                              • -

1 言論の自由が保証されている国で(=ナチを批判することが許されてる国で、)
ナチを批判する声が出た。

2 言論の自由が保証されている国で(=ナチを批判することが許されてる国で、)
ナチの批判が、世間のメジャーな意見にならなかった。

                                                                                                                                                              • -

この1と2はまったく別ものですよ
また、2だったからといって、2の国は言論の自由がない!とはいえませんよ。

自分の意見がメジャーにならなかったからといって日本が言論のないということにはなりません。その自分の意見だって、言論が自由ゆえに出すことができたのですから・・・・それが説得力ゼロで世間の支持をうけなかろうが、自分と反対の意見が世間におおいにうけようが、どっちの場合も日本に十分な言論が備わっているという証拠になります。ある特定の意見の規模の大小は言論の自由度となんら関係はありません。

第一、マルコポーロを否定する声が世間に大量にまきおこらなかったのは、何者かが圧殺したからではありません。第一マルコポーロは非難をまったくうけなかったわけでなく、雑誌が廃刊してしまうくらいの圧力は受けていました。


2007/02/23(金) 01:11:31 | URL | もんも #mQop/nM. [ 編集]
えと・・の続き
西側で、ソ連北朝鮮の高官に就職して、存分に己の才能を発揮してみたい!というサヨ企業家がいなかったのは、社会主義がいんちきで、それすらわからぬバカに会社の経営が勤まるわけが無かったからって考えたほうが合理的でしょ?

ぎゃくに、東側で、西側に亡命してゆくゆくは酒屋でも自営してみたい!なんて願ってた高官は腐るほどいました。(っていうか実際にやった人いっぱいいるし・・)、これは、高官クラスの知識人だと、己の体制がインチキだって理解できてて、立身出世は己の国を救う義務感からではなく、亡命機会の拡大を目的としたものだってことでしょ?