Nスペ・ワーキングプア

(前略)番組の前半に登場した34歳になる青年は、地方から東京に出てきたが、ずっと非正規雇用の職を続けてきたため、スキルがない。30歳をすぎてからの再就職はたいへん難しいので、なかなか職につくことができない。貯金も底をつき、住む場所もなくダンボールを敷いて寝ているような状態なので、ハローワークに行って面接先を紹介してもらっても、住所をちゃんと書くことができず、結局不採用になる。住み込みで仕事のできる会社を紹介してもらうが、面接に行くための交通費がなく、断らざるをえない。2ヵ月後、やっと見つかった洗車の仕事をしている姿が映っていたが、手取りは月10万ぐらいで部屋を借りることもできない。


宮本みち子が、働いても働いても貧困から脱出できる見込みのない「ワーキングプア」の増大について、こうした若者たちの内面が荒廃していくということをあげていたが、一番の問題は、内面の荒廃した人たちを多く作ったほうが管理する側には都合がいいと考えられていることではないかと思う。


アメリカがイラクをあえて権力の空白地帯にしているのと同じで、「上昇」とか「抵抗」とか「連帯」とかを積極的に考えないような人間を多く作ったほうが政治家や官僚や経営者には都合がいいのではないか。


ただ、この番組で一番印象的だったのは、こうした新たな貧困層が世代を越えて継承される(宮本みち子は、このテーマをずっと以前から扱っていた)ということの例として、最後に登場した35歳の路上生活をしている青年。


この人は、両親が離婚し、母親も家に帰らないようになって、学生の頃から貧困のなかでアルバイトで働きづめの生活だったが、やはり30をすぎて職を見つけられなくなり、路上で暮らすようになった。ゴミ箱に捨てられている雑誌を集めて売り、その日の食費を稼ぐというだけの毎日である。


希望のない悲惨な境遇なのだが、表情を見ていて「荒廃した」感じはなく、現実から逃避しているという様子もまったくなかった。テレビ画面をちょっと見ているだけなので、はっきりしたことは言えないが、「暗さ」や「重さ」のようなものを感じず、「あきらめた」感じといってもすさんだものではなく、不思議な印象が残った。=りんく







コメント

# 輝子 『青年層から働き盛り、高齢者までの各世代、都会から地方都市、農村まで個々に起こっている現象は少しずつ違うのだけれど根底に流れている本質的なものは同じだと思いました。それは、貧しい政治だと思います。弱者を顧みない政治だと思います。石川啄木の「働けれど働けど我が暮らしよくならずじっと手をみる」のフレーズが放映中、頭の中を巡回しました。「じっと手を見ている」だけでは何も解決しないことは間違いないと思いますが…。


# ええと・・ 『>こうした新たな貧困層が世代を越えて継承される

逆説的ですが、生活ランクが次世代に継承されてしまうのは社会が安定してる証拠だとも考えられますよ。日本で生活ランクの世襲継承がスムースに行われなかったのは幕末=明治維新や太平洋戦争などの動乱期、混乱期で、成り上がりモノには幸せな時期だったでしょうがおおかたの凡庸な人々にとっては不幸な時代でした。』 (2007/02/15 04:51)



# ままん 『社会が安定していると

社会で要求される有能さの基準が変化しないので
親世代が有能さを社会で発揮できるのなら、
子供世代も親と同じような教育方針や遺伝子を
うけついでいるのだから、同じように社会で出世できてしまう。

ヨシダシゲルやアベシンタロウが有能ならば
同じような資質を継承したアソウタロウやアベシンゾウも
そこそこ有能だし、総理や外相になっても別段おかしくない。と。


環境が変異して、自然淘汰のプロセスが激変し、
今まで安定していたウイルスの構造が変化して
妙な耐性をつけてしまうプロセスを思い浮かべてください、

今まで通用したノウハウが急に通用しなくなって、
まるで別の性質を持った人材が急に台頭してきた・・

戦国や維新みたいな動乱期というのはそれにあたるとおもいます。
格差の次世代継承が少ないのも当然です。』 (2007/02/15 05:00)


# れそうて 『
石川啄木の「働けれど働けど我が暮らしよくならずじっと手をみる」

彼に生活の余裕がなかったのは遊びすぎて金を浪費してたからですよ。だまされないでください。だいたい、己の愚痴や不平不満を活字として残せること自体がむちゃくちゃ恵まれてます。この世には恨み言を後世に残す手段すらもたずに死んでいく、本当につらい思いをした人がたくさんいます。小作人の嫁の石川ハツさんや大工の山田源一さんたちの恨み言の俳句が現世にまったくのこってないからといって、彼らは啄木のようには苦労をしていなかったんだ・・とはとてもいえません。

そうそう、彼がもっとも浪費してたものってなんですか、?それは”才 能”です、高校を優秀な成績で卒業できた天才でしたから、その才能を経済学や工学などの実学に投じていたなら彼は間違いなく中産階級以上の安楽な暮らしができていたことでしょう。啄木自分や彼の妻子のためだけでなく、明治日本の社会インフラの整備にも貢献でき、世の中のためにもなっていたと思います。それをせずに文学などという、建築工学や医学ほどしんどくなく、ある程度自分の欲求を満足させられる楽しい仕事をえらんだのですから、貧困だの病苦だの、なんらかの苦労を背負い込むのはある意味フェアってもんです。そうしなきゃまじめに医学や建築工学まなんで自分の快楽を犠牲にし、世間様の役にたとうとがんばっていた、当時の一高の同窓生たちが浮かばれません!』 (2007/02/15 05:48)


# もんも 『

宮本みち子が、働いても働いても貧困から脱出できる見込みのない「ワーキングプア」の増大について、こうした若者たちの内面が荒廃していくということをあげていたが、一番の問題は、内面の荒廃した人たちを多く作ったほうが管理する側には都合がいいと考えられていることではないかと思う。


ばーーーーか!んなわけねえだろ!働き手が荒廃したって雇う側は都合よくねえよ!客だって、内面が荒廃したウェイトレスに接したって気分よくないだろ?従業員はやる気まんまんでプライベートも充実してくれたほうが雇う側だっていいに決まってんだろ!


プロレタリア階級を荒廃させて刹那的にさせれば、いくらでも賃金を買い叩けるから都合いいってか?もしかして、すさんだココロのアタクシって、賃金を安売りすることでケンリョクシャの役に立ってる!なんて倒錯した思いこみしてんの?そうやって自分を慰めてえのか?錯覚だっての!自分がそう思い込みたいだけだろ!おまえのその荒れ具合はだれの特にもなってないって!荒廃しちゃったら労働者としては役立たずだって!


賃金が買い叩かれた分は権力者の懐なんかにいってねえって。お前がすさんだ分、お前が生産したサービスと生産物の質の低下による価格と売上数の低下によって、この世から煙と消えてるよ!


ココロがすさまないような(質の高い労働者になる)努力を放棄してラクになったこととひきかえに賃金減らしてんだろ?トレードオフで公平じゃんかよ!


この世はせちがらいからほっとけばココロがすさんだ状態になるわな、己を荒れるままにしておくのは努力がいらないんだよ。だけど日常をすさまないようにするには不断の努力が要るんだよ。生きがいをもったりココロの支えになる唄や不満はけ口を模索したり・・雇う側だって自分だって周りだってそうすりゃ助かる。その努力をしないで、努力してる人とおなじ給料もらいたい、おなじ生活したい!って言ったって誰も聞き入れてくれるわけが無いだろ?』 (2007/02/18 05:42)